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2011年8月25日 (木)

昆布の歴史6/6最終章

「昆布の歴史6/6」

さて、明治維新を向かえ、日清、日露戦争へと富国強兵路線が国策となります。戦争の是非

は別として、広島はこの前後大きな発展を遂げます。あまり知られていませんが、明治27年

に広島に大本営が設置され、続いて36年呉の海軍工廠設置ー後に戦艦大和などを造りま

すがー以来大陸進出の拠点として、兵站基地としての役割を担い、後の太平洋戦争まで続

きました。広島の宇品港は全国から軍人が集められ、ここから大陸へ出征してゆきました。

このころから前後して、広島周辺では食の確保が重要となり、昆布加工業もずいぶん発展

しました。輸送船に乗せる保存食、あるいは大陸にないものを輸送船に乗せるためです。

仕事を求め大阪の昆布業者が多くこの地に流れてきました。昆布の本場だった大阪のノウ

ハウと広島の加工業がドッキングしたのは想像に固くありません。いま、この地で昆布業者

を営んでいる人の多くはその末裔であろうと思われます。当社の創業者も大阪弁の人に昆布

加工の手ほどきを受けたそうです。

以上、長々と昆布の歴史をお話しましたが、いずれにしても広島はあまり知られていません

が、昆布加工については本場なのです。日本昆布協会という昆布業者で構成する組合

(全国で110社)があるのですが、広島県には25社ほど会員がいます。こんなに多くの会員

がいる県は、先ほど申し上げました富山、福井、大阪、京都、兵庫、いずれも昆布ロードの

線上ですが、それ以外はありません。多くの県では、昆布を扱ってはいても、昆布専業は

一軒もないのが普通です。

当社はそんな昆布の本場の広島で育った筋金入りの昆布屋です。作っている昆布製品は

異色ですが、このような歴史のなかの一頁を確実に刻んでいます。「おしゃぶり昆布」という

名称、商品は当社三代目が作り、世に出しました。

江戸時代、高田屋嘉兵衛さんが、はるかエトロフ、歯舞、釧路から持ち込んできてくれた昆布

を今でも加工して販売しているのが、広島の昆布屋です。

(完結)

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